えくぼsmile

重度重複障がいを持つ息子と二人暮らし。日々ドタバタ介護中・・趣味の自分時間に一息しています。

当たり前と矛盾と平等意識

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昨夜の地震

とても大きかったんですよね。

 

朝、父から「大丈夫か?」と電話

 

地震があった時は

息子も私も寝ていて

揺れと同時にアラートで私は起きたんですが

息子は全く起きず

 

地震=怖いとか恐怖心などという感覚や想像がないからだと思うのですが

幸せに眠りの中でした。

 

そして、

息子を送ったときに、

職員さんから地震は大丈夫でしたか?と聞かれ

ゴミを捨てて戻ると友達からLINE

一息ついているとピンポ〜んと友達が突然来客

お昼の準備をしていたら、お友達からLINE

 

あれれれれ?????

地震そんな???

 

 

確かに大きく揺れていたし

アベルがチリンチリンとなっていました。

(息子逃走防止のドアリンw)

 

 

私も寝ぼけていたんだと思うんですが

息子の部屋をのぞいて、トイレに行って

即爆睡

 

 

朝、携帯に震度5強って通知を見て

そうだ、地震があったんだって振り返る

 

 

「あ、大きな地震でもうちは、苦しまなくいけるな」

って思ってしまった(;´∀`)

 

 

家の作りが鉄筋コンクリートだし

横に長い建物なので

揺れが分散されたのかな?

それとも、足場がガッチリと組まれていて強度が増していた???

 

 

と、強烈な地震だったことを知らなくて

ちょっと恥ずかしくなってしまったんだけど・・・

 

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本題

うちには、映るテレビがないから情報がわからない。

 

 

実はもう1年以上テレビのない生活をしています。

ちょうどコロナが発生し始めていた頃の3月

テレビが突然壊れました。

 

 

映像だけが映らなくて、声のみが聞こえる

 

 

星の動きでいうと

水星が逆行中だったので

水星逆行中は電気機器のトラブルが起こりやすいので

逆行が終われば直るだろう(約3週間逆行します)

くらいに思っていたけれど

 

 

直らず

2020.3月上旬辺りだった記憶

それからテレビのない生活をしています。

 

 

なので、

コロナの情報や結構グロい映像で

メディアが恐怖心を煽っていたそうなのですが

それも一切見ていません。

 

 

でね、テレビがないというと

 

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

って言われる

 

 

3人ほどびっくりされた

 

 

「テレビがないでどうするの?ニュースは?情報は?」

って聞かれる

 

 

ラジオとネットがあるから

困らない

 

 

見たいドラマがあれば、ティーバーあるし

って答えるんだけど

揃って不思議な顔をする

 

 

そんなに変かな???

 

 

そもそも

知りたい情報だけを取ればいいって

思っているからかもしれない

 

 

テレビをゆっくり見るという習慣が元々ないので・・・

 

 

息子の介助で落ち着いている時間がない

本だって読めないし

テレビを見たくてイライラした時期もあったし

 

それは

テレビを見る前提にあるから

イライラが起こるわけで・・・

 

 

なければないで

その問題は起こらない。

 

 

きっとテレビがあること

テレビが情報の基準であること

そう無意識に思い込んでいると

テレビがないことが

変?おかしい?って思うのかも

 

 

 

そう考えると

当たり前ってなんだろう?

 

 

ものすごく違和感があるって感じるのが

 

 

運動会のシーズン

コロナで

親の参加が制限されたり

規制されたりしている

 

 

それに対して

当たり前のように

運動会は親が見に行くのが当たり前

って思考がある。

 

 

そうなのかな?

確かに私も子供の成長を見たいし

当たり前のようにお知らせが来て

お弁当を作って応援に行った

 

 

けれど・・・

コロナで親が来ない事によって

心がほっとしているお子さんだって

いるよね?

 

 

 

運動会=親が見にくる

大多数の 

当たり前って思考

 

 

 

運動会=親は仕事で来れない

少数の

当たり前の思考

 

 

 

親と共にお弁当を食べて

親と共に時間を過ごせる

大多数の生徒

 

 

親が来れないお子さんの中には

医療従事者の方も多くいらっしゃると思う

 

 

私たちの命を守ってくれている

医療従事者の方達

 

 

親が来れないことを

頭で理解している

けれど

子供心には、親子の時間を持ちたいと思っている

 

 

 

そんなお子さんたちにとっては

親が当たり前に運動会を見るくる

ではない運動会で

心がほっとしているし

それで寂しさを感じなくていい時期を

過ごしている子もいるんじゃないかな

 

 

当たり前のように

大多数の意見の方が取りあげられる。

 

 

矛盾と平等の意識

 

 

GO TO

旅行の予約が増えているようですが

行ける経済事情

 

 

コロナで生活が脅かされている人もいる

だからこそ

経済に余裕がある人が

経済を回すのはいいことだけど

その隔たり

 

 

行きたくてもいけない人もいる

世の中は二極化だから

 

 

自分の置かれた環境から

人は嘆く

 

 

嘆く声は大多数側の方を採用され

少数派の声は届かない。

 

 

今までは毎年必ず旅行に行っていたとか登山に行っていたとか

それが当たり前と言う思考

 

 

コロナで去年は行けなかった

コロナで今年も行けなかった

 

 

行けなかったの???

そっちが基準?

そっちが当たり前?

 

 

行けていたことが

奇跡ではないのかな?

 

 

今までがなんの違和感も不安も感じずに

同じ行動を繰り返せていたことが

奇跡ではないのかな?

 

って思ってしまう。

 

〜できない

〜できなくなった

 

その意識は「ない」を強調して

同じことを繰り返せないことが

悲しいことや否定的なことだと

幻想させる

 

 

できないのではなく

できていたことの方が

奇跡

 

 

人間の思考は都合よく捉え

「ない」にフォーカスして

不安を与える

 

 

 

生きていること

そこに日々感謝

 

 

 

星の話で言うと

水瓶座にある土星

より両極の社会を投影させている

 

 

二極化が進むことは

違う人たちが際立つ

際立つことで

違いを主張し合えば戦いになる

それが、水瓶座土星時代の課題でもある。

 

 

そんな矛盾と

無意識にある当たり前の思考で

その基準で

他者を当てはめて測るのを

やめる人が増えて欲しい

 

 

私たちは「ない」を基準に物事を測りすぎるから

今までできていた事に感謝をせずに

できないことを嘆く思考になる。

 

 

思考の転換一つで

心も思考も大きく変化していくのにな。

そんな人が一人でも増えてくれたら

どんなに嬉しいだろう。

 

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秋薔薇🌹

玄関に移動して、少しずつ咲いてくれています。

いい香り💕